2008年9月アーカイブ

スタジオAMU@下高井戸

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今日はライブ前、最後のリハーサル。新曲もかたまってきたし、HOHNER社のギター、スタインバーガーのライセンスモデル:HOHNER G2Tもメンテナンスして調子いいです。

今回のステージでは亞弥ちゃんとのコラボレートがあります。当日が楽しみです。

スタジオAMU
世田谷区赤堤4-41-11 Nビル2F
Tel&Fax 03-5301-2636
京王線下高井戸駅より徒歩1分

クリムゾン@外苑前

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大間のマグロを食べにクリムゾンへ。明日、息子と見に行く映画ポニョの話しで盛り上がりました。

本日のオススメワインは
−−−−−−−
LAMOREMIO
BENANTI社
シチリア、イタリア
−−−−−−−
土くささが、味になっていい、バランスのいいワインでした。

CRIMSON(クリムゾン)
渋谷区神宮前2-3-30第2竹上ビル002
03-3402-9063

閉店:クリーム@乃木坂

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今日、吉岡さんの口から店をたたんだことを聞いた。長年お世話になった店。寂しいものが込み上げてくる。
再会を願って、握手をしたあと、吉岡さんはタクシーで店をあとにした。

club cybernetics code:17(CCC17)

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次回のライブ情報

出演者のプロフィール
http://tokyo.cool.ne.jp/ccyb/profile_17.html

イベントの詳細
http://tokyo.cool.ne.jp/ccyb/schedule_17.html


今回のRed Meccaでは、最近のライブで演奏している「Love Fetish」「1984」をブラッシュアップし、さらに新しく作った「Time slave」を披露します。お楽しみに。
バタイユは1955年に、『Lascaux ou la Naissance de l'Art(ラスコ-あるいは芸術の誕生)』という作品を発表している。その作品の中で彼は、旧石器時代後期のはじめ(約5万年前)に芸術(あるいは遊び)が始まったと言う。バタイユの仮説を、同じく彼の著書である、『エロティシズム』『エロスの涙』を合わせて要約すると次のようになる。

50万年前に、現在ホモ・ファ-ベル(労働の人間)と呼ばれている人間(例えばネアンデルタ-ル人など)が、石器を用いた労働をしていた。それから後の約5万年前に、今日私たちがホモ・サピエンスと呼んでいる、直立歩行する最初の人間が誕生した。その時代の労働は主に狩猟だったので、その活動は動物的活動の延長にすぎなかった。換言すれば、この時代の人間の生活と動物の生活とは労働という点で異なっていたにすぎず、この時代の人間は、私たちのような感性がなかったので、完全な人間ではない、ということである。そして、この時代の労働は、どうなるかわからない明日の運勢に賭ける(jouer)、というものであった。この意味において、この時代の労働は遊び(jouer)と同質である。しかし、この時代には四大氷河期(西暦紀元前60万年~西暦紀元前2万年)が集中しており、人間の生活は過酷なものであった。その後、ヴュルムと呼ばれる第四氷河期(西暦紀元前2万年)が過ぎると、気候はゆるんでいった。そして、人間にとって住みやすい環境の到来により、人間の中には、労働だけに縛られることなく生活する人間「ホモ・ル-デンス」が現われた(ホモ・ファベルは労働に縛られていた)。これ以来、ホモ・ル-デンスは労働という有用な活動のほかに、芸術活動(壁画や調度芸術などの創造)をおこなうようになった。これ等の芸術活動は、当時の労働である狩猟に捧げられていた。この活動は、呪術的な意味を帯びていた活動というより、「魔性的(diabolique)」な意味を帯びた活動であった。この魔性的な活動は、聖なる場所で繰り広げられる戯れ(jouer)という意味において、遊び(jouer)である。このようにして、感性的に、動物から人間への移行が起こった。

バタイユのこの仮説は、ラスコ-洞窟の壁画を資料として導き出されたものである。ラスコ-の壁画は西暦紀元前約3万年に描かれたものであり、そこには主に気候の穏やかな地域で生息している動物群が描かれている。このように、バタイユはラスコ-の壁画を芸術の誕生の証拠として取り上げている。 バタイユの遊びの起源に関する仮説は、『エロスの涙』で彼自身述べているとおり、初めから歯切れのいいものではなかった。彼は1953年の「クリティック」誌4月号(第71号)に載せた評論「動物から人間への移行と、芸術の誕生」の中で、先史時代の壁画は、描く過程では呪術的であったが、描かれた作品には呪術的な意味はない、と仮定していた。続く『ラスコ-の壁画』では、個人的な仮説を提出することが断念されている。1957年の『エロティシズム』でバタイユは、古代人の人生観と似た観念をもっている民族の国家では、動物を殺すことに由来する贖罪が存在することに目を付け、先史時代の壁画の主題は、殺害と贖罪にあると述べている。1961年の『エロスの涙』でバタイユは、この仮説についてかなり断定的に述べている。

バタイユの仮説で特徴的な点は三つある。一つ目は芸術の誕生を労働という有用な活動と結び付けている点である。二つ目の特徴は芸術の誕生を動物から人間への移行と考えている点である。三つ目は芸術の誕生を遊びの誕生と結び付けている点である。一つ目の特徴については先程説明した。二つ目と三つ目の特徴とは密接なつながりがあるので、結び付けて考える必要があるだろう。

バタイユは、動物から人間への移行が、労働によってではなく、芸術活動によって起こった、と考えている。換言すれば、人間と世界との対話が芸術活動により始まった、ということである。また彼は、ラスコ-の壁画を遊びの証拠とみている。この考え方は、先史時代の壁画が呪術的意図(有益な活動としての芸術活動)を表わしている、という一般論と対立している。バタイユのこのような仮説は、主にラスコ-の壁画を資料にして創出されたものである。

先史時代の芸術は動物から人間への移行と、遊びの誕生とを示している、という彼の仮説は、彼のエロティシズム論を根拠にして成り立っている。私は本論文の第2部第1章で、バタイユのエロティシズム論が「生」の部分を極小化していることに着目し、エロティシズムの真の姿である、死と腐敗から導き出されるエロティシズムについて述べた。バタイユが「ラスコー洞窟の最も深いところに、原罪のテーマ、聖書の伝説のテーマ!罪悪や性的興奮やエロティシズムに縛られている死!を見つけた」(L.E.63)と述べる根拠について、私たちは知る必要がある。

バタイユはラスコ-の壁画を前にして、「人間は生を拒否するが、その拒否の奇蹟的な乗り越えのなかで人間の生は実現される」(Er.107)と述べ、この絵が「殺害と贖罪を主題としたものに相違あるまい」(Er.107)と考えている。

彼がとりあげている壁画には、槍で刺されたビゾン(野牛)が描かれていて(野牛の長さは112cm)、その左には倒れている人が、そのすぐ下には鳥がいる。この絵に関する一般的な見解として、「鳥は狩猟のおとりで、人はビゾンと争って負けた狩人、ビゾンは槍で傷つき内臓が出ている」(『美の世界、鑑賞と表現』美術教育研究所編、浜島書店、1980、34ペ-ジ)という推測が挙げられる。これに対しバタイユは、動物の絵よりも人間の絵に注目している。というのも、動物の絵よりも人間の絵のほうが、極端に写実に欠けているし、描かれている数も、人間の絵の方が極端に少ないからである。

ラスコ-のこの人物画は鳥のような頭をもち、その生殖器は勃起している、エロティックな絵である。バタイユは、この人間が鳥の仮面をつけていると見て、「野性のなか、動物性の夜のなかに、なんとしてもみずからのうちに生まれ出てくる明晰で計画的なものを、溺れさせようとしている」(A.C.2,77)と解釈している。何故古代人たちは、精力的に洞窟の壁に絵を描きながら、動物であることをやめたことを誇りにせず、自分を動物から区別する人間性を拒否したのだろうか。バタイユは、「人間は生を拒否するが、その拒否の奇蹟的な乗り越えのなかで人間の生は実現される」ことを、その根拠としている。すなわち、古代人たちは、彼らの食料となる動物を殺しながら、その許しを乞うていた、ということである。狩人である彼らは、このように食料となる動物を愛していたからこそ、人間の絵よりも動物の絵を丁寧に描いたのであり、常にそういった動物に対し悲しみを感じていたからこそ、古い動物の絵の上に新たな動物の絵を描き続けたのである。だから、「動物たちを愛しながら、殺した」(A.C.2,86)古代人たちは、体毛の少ない自分の顔に動物の仮面をつけたのであり、動物のように毛無垢じゃらの生殖器をさらけだしたのである。

以上のことを要約すると、
写実的な動物の絵と戯画化された人間の絵(友愛による悲劇的な絵とエロティックな絵)との差異は、動物の性的活動と人間の性的活動との差異である。古代人たちは、動物の死を悲しみながら、この差異を笑い、戯れた(jouer)。この戯れがさらに労働との差異をつくり、笑いを大きくし、戯れを拡げていった。

しかし、古代人たちが芸術活動をした本当の意味や目的は、依然として謎のままである。

先史時代の悲劇的でエロティックな世界は、古代ギリシャの世界に受け継がれている。私たちは、芸術が労働から生まれ、この労働を侵犯していることを知っている。芸術が「労働」と「侵犯」との二つの意義を帯びていることは、私たちにニ-チェの思想を思い出させる。

ニ-チェは1872に出版された『音楽の精神からの悲劇の誕生』の冒頭で、「もしわれわれが、芸術の発展がアポロン的なるものとディオニュソス的なるものとの二元性に結びついていること、あたかも生殖が、絶え間なく闘争を続けただ周期的にのみ和解を示すにすぎざる男女両性の二元性に依存しているのと同様であるということを、単に論理的に認識するにとどまらず、直接直観によって確証することを得たならば、美学のためにわれわれの得るところ、けだし多大なるものがあるであろう」(ニ-チェ全集2『悲劇の誕生』塩屋竹男訳、理想社、1979、24ペ-ジ)と述べている。三島憲一はこのニ-チェの言葉について、岩波新書の『ニ-チェ』中で次のように語っている。

 「重要なことは、芸術の歴史が矛盾と対立をはらんだ運動として捉えられている点である。ディオニュソスとアポロというふたつの原理の対立と葛藤が次々に新たな芸術を産み出しながら、両者の距離は架橋し難いまでに開いていくというのが、基本的論理である」(68ペ-ジ)

この文中のある「ディオニュソス」と「アポロ」という言葉を、それぞれ「侵犯」と「労働」という言葉に置き換えてほしい。すると、「侵犯と労働という二つの原理の対立と葛藤が次々に新たな芸術を生み出す」となる。この光景は、先史時代の人間たちが芸術活動をする姿と一致している。「ディオニュソス=侵犯」「アポロ=労働」としたことには、重要な理由がある。ニ-チェの言う「ディオニュソス的なるもの」「アポロ(アポロン)的なるもの」を明らかにしたい。

ディオニュソスもアポロも、ギリシャ神話に登場する神である。

ディオニュソス(Dionysos)は葡萄の神であり、祝祭の神であり、エクスタシ-を与える本尊である。彼の父は全能の神、神々の王であるゼウスであり、母親は、確定的ではないが、セメレというプリュギアの王女である。ゼウスは夜風に変身して、セメレに求愛するが、彼女が彼に、変装を解くように懇望した。ゼウスはその本来の姿を現わすが、生身の人間であるセメレは、彼の真の姿を見たために神火に打たれて死んだ。彼女の死の間際に生まれたのが、ディオニュソスである。成人したディオニュソスは、森の神シレノスに葡萄酒の魅惑を教えられる。ディオニュソスは人間に、葡萄酒による酩酊で人格の狭い枠を抜け出し、エクスタシ-に身を委ねる術を教えた神である。このように、ディオニュソスは侵犯の神であり、エクスタシ-の神であるとして、人々に崇められていた。

アポロ(Apollon)は太陽の神。医術・音楽の神にして、美術・詩・数学・予言の守り神でもある。ゼウスと黒い衣を着た乙女レトとの間に生まれた彼は、人間に中道と節度を説き、過度を戒めた。  ディオニュソスは過度に振舞うことを勧めているので、侵犯を意味していることがわかる。アポロは過度を慎むように説いているので、労働を意味していることがわかる。ギリシャ神話を見ると、ニ-チェが言うように、「ディオニュソス的なるもの」と「アポロ的なるもの」がいかに対立しているかが伺えられる。

先に提示したニ-チェの言葉には、芸術の中にディオニュソスとアポロという概念の存在を見出しただけではなく、芸術に対する取り組み方にもこの対立概念を導入している。三島はこのことに注目し、『ニ-チェ』の中で適切な解釈を施しているので、引用したい。

「まず注目すべきは、この対概念の導入の仕方である。ディオニュソスとアポロの二元性を『論理的に洞察』するだけではなく、『直接的な確実さで直観』しなければならないと言われていることである。これは、ただ頭で理解するだけでなく、体でわかれといった程度の修辞ではない。ここで「直観」と言われているのは、ドイツ語のAnschauungであるが、そこにあるschauen(「観る」)という動詞からもわかるように、元来は感覚に、それも視覚に直接与えられたもの、理性的な認識によるいかなる意味づけやふるい分けに先立って我々に見えてくる世界の姿のことである」(66ペ-ジ)。

三島は、ディオニュソスとアポロの二元性を「論理的に洞察(論理的に認識)」するだけではなく、「直接的な確実さで直観(直接直観によって確証すること)」しなければならないことを強調している。私は、「論理的に洞察」がアポロを意味して、「直接的な確実さで直観」がディオニュソスを意味しているのではないかと思う。確かに、ニ-チェの文章からはこの様なことは読み取れない。しかし、芸術を創る人間だけでなく、芸術作品を見る側にも、ディオニュソスとアポロの二元性を導入することが重要であると、ニ-チェは言いたかったのではなかろうか・・・。

ディオニュソスとアポロの存在が、単に神話上のことだけでなく、古代ギリシャの社会を基礎付けていたことは重要である。

西暦79年、二日二晩にわたるヴェスヴィオ火山の噴火により、ナポリに近いポンペイの町は灰に埋もれた。1748年から始められたこの町の発掘は、現在、町の約5分の4まで進んでいるという。町の中心には、バジリカ(裁判所)、アポロ神殿などの公共の施設がある広場があり、その周囲に商業地区や住宅地区があった。アポロ神殿では心臓をアポロ神に捧げる儀式がおこなわれていた。

町の西の外れに、当時の金持ちの別荘がある。この秘儀荘と呼ばれる別荘には、浴場、居間、奴隷の部屋、葡萄酒を絞る部屋など約40余りの部屋があるが、そのうちのサロンと思われる部屋の壁に「ディオニュソスの秘技図」が描かれている。この壁画は紀元前1年の中頃に描かれたものである。そこには、入信に来た乙女がその秘儀を見て、恥ずかしさを感じ、逃げる姿や、バッコスの巫女たちが頭につたの冠をつけて裸で踊る姿、布が被せられている大きな男根の像の周りに手をさしのべる信者の姿、ディオニュソスとアリアドネの姿などが描かれている。

エロティックな絵画はこの秘儀荘以外にも見られる。巫女メナ-デが酒に酔い潰れ、乳房を露出して眠っている姿や、森の中で行なわれているオルギア(orgia)の光景、正常位・後背位・女性上位の性交の場面などが、チタリスタやメレアグロなどの家の壁に描かれている。

当時、ディオニュソス神を信仰することは禁止されていた。しかし、今日ポンペイの遺蹟で見られるエロティックな壁画は、当時の信仰を物語っているが、禁じられていたディオニュソス信仰は、密室の部屋でおこなわれていた。アポロ信仰が公におこなわれていたこととは対照的である。また、このエロティックな信仰は、エロティックな調度芸術を作っていた古代人の生活とも異なっている。すなわち、時代の流れとともに、エロティックな芸術が密室の中などの特定の場所で、非常に小さな組織の中で存在していた、ということである。しかし、当時のポンペイの人々の生活がエロティックなものであったことに変わりはない。なぜなら、円形闘技場で行なわれた奴隷や罪人の殺し合いや、下水道の完備の不在がもたらす汚物と汚水の中での生活により、死と腐敗がポンペイの人々の生活に浸透していたからである。



=註=
※略記号

L.E.
Les larmes d'Eros
《10/18》

Er.
『エロティシズム』
(バタイユ著作集 第7巻)
澁澤龍彦訳、二見書房、1973

A.C.2
ジョルジュ・バタイユ著作集 第15巻
「神秘/芸術/科学 -社会科学論集2-」
山本功訳、二見書房、1973

Red Meccaライブ(告知)

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Red Mecca ライブします。

「Club Cybernetics Code:17」
10/11(土)@渋谷Vuenos
Open 16:00~
前売り ¥2000 / 当日 ¥2500
< Live >
< DJ >
  • SIN
< VJ >
  • Beat

KRUSH Vol.3@ shibuya O-nest(写真)

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KRUSH Vol.3
shibuya O-nest 2008年9月7日
使用カメラ:canon G7

noinone

クリムゾン@外苑前

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今日はデザイナー仲間と、昔話をしながら会食。仕事は楽しくしたいですね。

本日のオススメワインは
−−−−−−−
HAYES
カリフォルニア
アメリカ
−−−−−−−
コクのあるカベルネ・ソーヴェニオン。赤身のお魚にぴったりのワインでした。

CRIMSON(クリムゾン)
渋谷区神宮前2-3-30第2竹上ビル002
03-3402-9063

KRUSH Vol.3@ shibuya O-nest

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noinoneのライブ。いつもステージにオブジェの置かれているけど、今日はどんな物体が現れるか。それも楽しみなイベントです。
プロデューサのドンドン大嶋さんが所属している企画制作会社の当(アタリ)で恒例のバーベキュー大会。タケヒトさん、毎年楽しいイベントありがとです!
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noREE(大西紀明:オオニシノリアキ)
大阪生まれ。Red Meccaのメンバー。

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